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名古屋高等裁判所 昭和38年(ラ)128号 決定 1963年11月09日

抗告人 吉崎朗

相手方 愛知県尾西市長 小川四郎兵衛

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告の趣旨及びその理由は別紙のとおりである。

よつて案ずるに、

一、子の命名は命名権者において自由に文字を選んで命名することができるのが本則であるが、名はその人を特定する公の称呼であるから、いかなる名が付けられるかについては本人自身はもちろん世人は利害関係をもつている。

したがつて、難解、卑猥(ひわい)使用の著しい不便、特定(識別)の困難などの名は命名することができないものと解すべく、戸籍法五〇条に常用平易な文字を用うべき旨を定め、その文字の範囲を命令に委任し、同法規則六〇条にて一定範囲の漢字、および変体がなを除く片かな又は平がなを用うべきこととしていることは右解釈の現われである。

二、さて本件は、抗告人の妻が「伸子」なる名をもつているところ、抗告人はその夫婦間に昭和三八年七月一九日生れた長女を「伸子」と命名して同年同月三一日尾西市役所に出生届をしたが、その届出が同一戸籍内の命名として適法な届出であるか否かが問題点である。

三、「伸子」と「伸子」は、文字全体の形において、又「伸子」は「しんこ」とも「のぶこ」とも読まれるから、その読み方において異なつていることは否定できない。

しかしながら、

(1)  「伸子」の名のうち「伸子」の部分はその母体をなしていること、

(2)  漢字による子の名の届出の場合、ふりがなを付けない以上は、その読み方は公に記録されるわけでないから、「伸子」なる名は格段にその正しい読み方を知つていて注意を払わない限りは、世人は「しんこ」或いは「のぶこ」などと己が感ずるところに従つて自由に読み、「伸子」と「伸子」は音読上同一になること、なお、一般に願書などの書類にはふりがなを付けることが要求されること多く、かかる場合、仮に事件本人である「伸子」がその作成名義の願書などを提出すれば、抗告人の妻「伸子」の作成名義のものでないと区別するには生年月日などの記載によつて始めて可能であること、

(3)  名にふりがなを付けることはもちろん許されているが、本件の場合には右ふりがなを付けた趣旨は、正しい読み方をしてもらうことよりも、むしろ「伸子」なる子の名を特定しようとの目的から出ていることは明らかであり、抗告人の右目的のため、仮に本件届出を許すとすれば、事件本人は将来正式の各書類などに一々ふりがなを付した名を表わさねばならぬ煩雑を蒙ることは免れないこと

以上の各事実が認められる。

四、右各事実からして判断すれば、「伸子」と「伸子」とはまぎらわしい名であつて世人が同一戸籍内の「伸子」なる者から「伸子」を識別すること、すなわち「伸子」を特定することは困難である。

なお、事件本人も父である抗告人の右目的から生涯ふりがな付名のわずらわしさの不便を避けることはできない。

しからば、本件出生届は、名の特定の困難な命名として、戸籍法に反する違法な届出と云うべきである。

もつとも、尾西市長は三年前、抗告人がその長男を自己の名「朗」に「朗」と、ふりがなして命名した出生届を受理しているが、右出生届も元来違法のものであり、右届出が受理されたからとて本件出生届は適法となるものでない。

したがつて、本件出生届を不受理とした尾西市長の処分は担当であり抗告人の本件申立は失当としてこれを却下すべきである。

よつて、右と同じ判断をした原決定は相当であつて本件抗告は理由がないからこれを棄却すべく、抗告費用の負担につき民訴九五条、八九条に則つて主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 坂本収二 裁判官 西川力一 裁判官 渡辺門偉男)

抗告の趣旨

原決定はこれを取消す。との決定を求めます。

抗告の理由

(1)  審判の理由の中昭和一〇年一〇月五日民事甲第一一六九号民事局回答の解釈が明示してない此の通達はあくまでも「名」を規制したものであつて「文字」を規制してはいない。

(2)  昭和三五年八月三一日長男が出生した折は当審判になつてから誤りであつたと述べているが、窓口事務職員の単純な誤りならいざしらず担当戸籍課長が電話連絡にて名古屋法務局一宮支局へ照会し二、三日後に同じく電話で「振りがなを付せばよい」と回答を得ている。(此の事については家裁一宮支部において、相手方代理人戸籍担当課長が証言している)此のような事件を単純に前回は誤りであつたと過せるものではない。

(3)  市若しくは法務局は即時抗告人が異議の申立をする前に行政指導をするべきであると思う。即時抗告人は不受理の決定を受けた時即時担当戸籍課長に電話にて理由を尋ねたところ「市は国の事務を代行しているだけであるからすべて法務局の指示通りである」というので法務局へ同じく電話にて理由を尋ねたら、名古屋法務局一宮支局長の回答は非常にあいまいであり、「わからないから家庭裁判所へ異議の申立をしてくれ」とのことであつた。少くとも法を扱う法務局の支局長が行政指導も出来ずその様な回答をする事がすでに間違いである。

(4)  長男の届出の際の名古屋法務局一宮支局の担当係長と長女の届出の際の担当係長が替つていたという事実、一宮支局長は「当支局において戸籍事務はすべて係長が責任をもつて担当している」と証言しているが、公務員が替つた事によつて法の解釈が替るという事は納得出来ない。法はその解釈により多少の巾がある事は周知しているが受理するとしないではあまりにも極端過ぎる。此の様な不平等な扱い方は憲法第一四条にも反している。

(5)  社会的混乱を招く恐れがあるという事に理由があるとするならば同一地番内に同性同名の人が転入された場合拒否する事も出来得るという事になる。

(6)  命名権の事について一般の社会通念云々とあるが一般社会通念に従うならば総てが被命名者の代行者である親が被命名者の意志まで代行して名を付けているのであるから親の意志で命名しても何ら間違いではない。

(7)  却下理由並びに判断は非常に抽象的であり何ら納得するところがない。

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